整体の歴史

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整体の歴史

整体の歴史は古く、2000年以上前のバビロニアや中国で行われていました。筋肉にはトリガーポイントというしこりがありますが、それを操作したという記録が残っています。中国では現在も続いていますが、推拿という整体行為があります。これらの行為は世界中に広がりましたが、民間人に普及することはありませんでした。当時は寿命が低かったことや戦争が多いことで戦場医療の発達が優先されたたまです。

 

衛生学や予防医学が発展すると寿命が延び始め、次第に整体も必要とされました。この頃にはカイロプラクティックやオステオパシーといった方法も誕生し、日本では昭和になってから野口晴哉氏によって整体という言葉が作られました。彼は戦争が集結したことを受けて手技療法の法制化を目指して発足した整体操作法設立委員会の議長を努めており、世界中の手技療法を集めて共通点を見つけ、その標準型を作りました。一方でアメリカで整体といえばカイロプラクティックやオステオパシーです。カイロプラクティックは1895年に男性が首の歪みを改善したところ、難聴が無くなったということがきっかけです。当時は骨をバキバキと鳴らせるので患者への負担がかかりました。

 

そこで様々な改良が行われ世界中に知られています。日本でも受けることは可能ですが、法整備が行われていないので課題は残っています。オステオパシーはカイロプラクティックより早く誕生し、1874年にアンドリュー・テイラー・スティルという医師が誕生させました。従軍医師で息子や養子が髄膜炎で死んだ経験を持っています。彼らの死後10年間研究を続けて創始したのがオステオパシーです。当時は直接法が主流だったのでカイロプラクティックと同じように患者は楽な施術ではありませんでした。現在は間接法という手法が一般的で、触られていることすら分かりません。アメリカでは医師免許が必要な行為ですが、日本では法整備が行われていないのが現状です。